稽古日誌

演技が下手な人ほど「感情」から入る。プロが実践する逆転メソッド

「感情を作ろう」としていませんか?それ、演技の最大の落とし穴です。

プロの演技指導者が明かす、自然で説得力のある演技を生み出す5つのステップを徹底解説。この記事を読めば、明日からあなたの演技が変わります。


なぜ多くの俳優が「不自然な演技」になってしまうのか

演技経験者なら誰もが一度は悩む問題があります。

「悲しいシーンなのに、なぜか嘘くさくなってしまう」 「感情が表面的で、自分でも納得できない」 「セリフが棒読みに聞こえる」

その原因は明確です。プロセスを逆にしているから

多くの人は「悲しいシーンだから悲しい顔をしよう」と考えます。しかし、これが演技を台無しにする最大の原因なのです。


演技の黄金ルール:5つのステップ

プロが実践する演技は、必ずこの順序で構築されます。

1. 事実(Fact)

脚本にある事実、または想像で補う具体的な設定

2. 反応(Reaction)

五感を通じた自然な心の動き

3. 感情(Emotion)

反応の結果として自然に湧き上がるもの

4. ビート(Beat)

思考や目的が変わる瞬間の見極め

5. 行動(Actioning)

相手に影響を与えるための心理的行動

この流れを理解し実践すれば、演技は劇的に変わります。一つずつ詳しく見ていきましょう。


ステップ1:事実は「具体的」でなければ無意味

抽象的な事実がNGな理由

脚本に「寒い場所」と書いてあったとします。あなたはどう演じますか?

悪い例: 「寒い」という漠然としたイメージで演じる

良い例: 「気温3度、隙間風が吹いている」という具体的な事実を設定

なぜ具体性が必要なのか?北海道出身者にとっての「寒い」と、沖縄出身者にとっての「寒い」は全く違うからです。気温3度という数値があれば、コートを着る、震える、といった具体的な反応が自然に生まれます。

2種類の事実を区別する

A. 脚本に書かれている事実(絶対)

  • 日付、場所、過去の出来事など
  • これは俳優が変えてはいけない

B. 脚本に書かれていない事実(想像で補う)

  • 部屋の匂い、床の質感、遺体の傷など
  • これは俳優が自由に設定できる

例えば「妹の遺体」というト書きに対して:

  • ただ「遺体がある」では不十分
  • 「顔に痣がある」「髪が乱れている」など具体的に想像する
  • その具体性が、次のステップである「反応」の質を決める

ステップ2&3:反応→感情の順序を死守せよ

「感情を作る」は演技の重罪

演技指導の現場で最も強調されるのがこれです。

× 間違ったプロセス: 悲しいシーン → 悲しい表情を作る → セリフを言う

○ 正しいプロセス: 具体的な事実 → 心が自然に動く(反応) → 感情が湧く → セリフが出る

具体例で理解する

設定: 妹の遺体を見るシーン

ダメな演技: 「悲しまなきゃ」と思って泣く準備をする

良い演技:

  1. 事実を設定:「妹の額に5cmの傷がある」
  2. その傷を想像の中で見る
  3. 自然に「うわっ」という反応が起きる
  4. 悲しみが湧いてくる
  5. セリフが自然に出る

準備した事実が具体的であればあるほど、反応は鋭くなります。


ステップ4:ビート — 思考の変わり目を見逃すな

セリフを一本調子にしないための技術

長いセリフや会話を「思考の単位」に区切る作業がビート分けです。

重要な基準: 「どう言うか」ではなく「なぜ言ったか」で区切る

実践例

セリフ:「自殺なんかじゃない。殺人だ。姉さんは妹が邪魔になったんだ」

ビート分け:

  • 「自殺なんかじゃない」/ (相手の認識を否定したい)
  • 「殺人だ」/ (真実を定義したい)
  • 「姉さんは妹が邪魔になったんだ」/ (動機を暴露したい)

それぞれの思考の単位で、目的が変わっています。この切り替えを意識することで、演技に立体感が生まれます。


ステップ5:アクショニング — 相手に何をするか

「他動詞」で考える演技術

ここでの「行動」とは、物理的な動きではなく相手への心理的な働きかけを指します。

使ってはいけない言葉

× NG:

  • 「悲しむ」「怒る」「困る」
  • これらは自分の状態(感情)であって、行動ではない

○ OK:

  • 「突き刺す」「すがりつく」「誘惑する」「断罪する」「暴露する」
  • 相手に影響を与える他動詞

具体的な設定例

先ほどのセリフに戻って:

セリフアクショニング
「自殺なんかじゃない」否定する
「殺人だ」定義する
「姉さんは妹が邪魔になったんだ」暴露する
「だから殺したんだろう」断罪する

各セリフに「相手をどうしたいか」という明確な意図を設定することで、演技に方向性と力が生まれます。


脚本のト書きは「絶対」である

書かれている指示を守る重要性

最近の脚本は、ト書き(動作指定)が非常に詳細です。

  • 「歩きながら話す」
  • 「正面を向く」
  • 「メモを取りながら聞く」

これらは脚本に書かれている事実なので、俳優は必ず守る必要があります。

書かれていない部分は自分で決める

一方、ト書きのない空白部分はどうすべきか?

例:長い会話の後に「立ち去ろうとする」というト書きがある場合

問題: それまでずっと棒立ちでいいのか?

解決策:

  • どこで立ち上がるか
  • どこで相手から目を逸らすか
  • どこで相手に近づくか

これらを事前に「事実」として決めておく。決めておかないと、相手の動きに釣られて一貫性が失われます。


インプロと脚本芝居の決定的な違い

未来を作るか、過去を埋めるか

インプロ(即興): 「今」の反応で「未来」を作る

脚本芝居: 決まった「未来」に対して、そこに至る「過去」を埋める

しかし脚本芝居でも、インプロ的な「展開が変わる瞬間」を捉える能力は重要です。「どこで戦術を変えるか」というポイントを多く持っている俳優は、演技が単調になりません。


実践ケーススタディ:よくある失敗と解決法

ケース1:漠然とした死のイメージ

問題の演技: 「死体が転がっている」というセリフで、ただ漠然とイメージしていた

改善点:

  • どんな死体なのか?
  • どうやって死んだのか?
  • 具体的な事実がなければ、リアルな反応は生まれない

ケース2:アクションのチェンジが曖昧

問題の演技: 「目を合わせようとしない」というト書きから、次の行動への切り替えが不明瞭

改善点:

  • 「ここまでは目を合わせない」
  • 「この言葉をきっかけに目を合わせる」
  • 切り替えポイントを明確に決める

ケース3:ト書きの無視

問題の演技: 「メモを取りながら聞く」とあるのに、メモを取らない

改善点:

  • 脚本に書かれている事実は絶対
  • 演出家の意図を尊重し、指示を守る

まとめ:正解は一つじゃない、正解の数を試そう

演技に「唯一の正解」はありません。しかし「正解の数」は無限にあります。

今日から実践できる5つのアクション

  1. 事実を具体的に設定する 気温、匂い、人間関係の歴史まで詳細に
  2. 感情を作らない 事実に反応し、自然に湧くのを待つ
  3. ビートを刻む 思考の変わり目を見極める
  4. 他動詞で行動する 相手に影響を与える動詞を選ぶ
  5. 脚本を守り、空白を埋める 書かれた事実は絶対、空白は想像で埋める

あなたの演技が変わる瞬間

「なんとなく」の演技から脱却する鍵は、このプロセスの徹底にあります。

次の稽古では、まず台本を開いて:

  • 事実をすべて書き出してみる
  • ビートにスラッシュを入れてみる
  • 各ビートにアクショニングを設定してみる

この準備をするだけで、演技の質は劇的に変わります。

観客の心を動かす具体的で力強い表現は、こうした地道な準備の積み重ねから生まれるのです。


この記事で紹介した手法は、スタニスラフスキー、マイケル・チェーホフ、イヴァナ・チャバックなどの演技理論を基礎としつつ、現代の実践的なワークショップで磨かれたメソッドです。