稽古日誌

俳優の「目の演技」ってどうやって磨くの?眼球運動の科学でわかった、視線コントロールの全技術【ワークショップ潜入レポート】

「なんか、あの人の演技って目が違うよね」——そう感じたことはありませんか?
実は「目の演技」には、ちゃんとした科学的なメカニズムがあります。
今回は、ある劇団で行われた「眼球運動×演技」をテーマにしたワークショップに潜入。
プロの俳優たちが実践している視線コントロールの技術を、丸ごとレポートします!


1. 「目の演技」が下手だと何が起こるの?

「セリフはバッチリ覚えた。動きも完璧。なのに、なぜか演技が薄い……」

俳優志望のみなさんなら、こんな壁にぶつかったことがあるんじゃないでしょうか。

実はその原因、**「目の演技」**にある可能性が高いです。

観客ってすごくて、俳優の目を無意識に読んでいます。セリフの内容より先に、「この人、本当にそこにいるのかな?」を目で判断しているんです。

どれだけ感情を込めたセリフを言っていても、目が不安定だと観客は冷めてしまいます。逆に、一言も発しなくても、視線ひとつで場を圧倒できる俳優がいる。その違いはどこにあるのか——今回のワークショップが、その答えを科学的に解明してくれました。


2. 眼球運動って何?まず「2つのモード」を知ろう

ワークショップの講師がまず教えてくれたのは、人間の目には大きく5つの視覚機能があるということ。

その中でも「演技に直結する」として特にフォーカスされたのが、以下の2つの眼球運動モードです。

モード動き方演技への影響
サッカード視点がパッパッと飛ぶ出すぎると「目が泳ぐ」→NG
スムース・パシュート対象をなめらかに追ううまく使えば「虚構がリアルに見える」→ぜひ習得したい

この2つを理解するだけで、「目の演技」に対する見方がガラッと変わります。


3. サッカード:「目が泳ぐ」の正体と、その止め方

そもそもサッカードって何?

**サッカード(Saccade)**とは、視点がある場所から別の場所へ「パッ」と瞬間移動するような眼球運動のこと。

本を読むとき、部屋の中を見渡すとき、私たちは無意識にこれをやっています。その速度は最大で毎秒700度。めちゃくちゃ速い!

そして興味深いのが、脳はサッカード中の視覚情報を自動でカットしているという事実。だから私たちは「目が飛び回っている」のに、映像がブレて見えないんですね。

舞台で「サッカードが漏れる」と?

問題は、緊張や不安を感じると、このサッカードが急増してしまうこと。

舞台上で「セリフ飛んだらどうしよう」「演出家に見られてる」「段取り間違えた」——そんなことが頭をよぎると、脳の処理能力がパンクして、目がキョロキョロと彷徨い始めます。これがまさに**「目が泳ぐ」状態**の正体です。

この状態が観客に伝えてしまうメッセージは以下のとおりです。

  • 「不安で怯えている」
  • 「嘘をついている、自信がない」
  • 「何かを必死に考えている(セリフを思い出そうとしている)」

要するに、「役」じゃなくて「緊張している俳優」が見えてしまうんです。これは避けたい。

じゃあ、どうやって止めるの?

ポイントは「サッカードを止めようとする」のではなく、**「見るべきものを明確に作る」**こと。

目は、何かを見ていれば安定します。視線の「よりどころ」を作ることが、サッカードを抑制する最も効果的な方法です。その「よりどころ」の作り方が、次に紹介するスムース・パシュートです。


4. スムース・パシュート:何もない空間に「リアル」を生み出す技術

スムース・パシュートって何がすごいの?

**スムース・パシュート(Smooth Pursuit)**は、ゆっくり動く対象をなめらかに目で追い続ける動き。文字通り「滑らかな追従」です。

この眼球運動には、ちょっと驚く特性があります。

対象物が実在しないと、スムース・パシュートはほぼ不可能。

試しに今、何もない空間でゆっくり目を動かしてみてください。きっとカクカクと跳ねてしまうはず。それはスムース・パシュートではなく、サッカードが細かく発生しているんです。

脳の回路的に、スムース・パシュートは**「追うべき対象の動きを予測すること」で初めて動き出す**ようにできているんですね。

「見えないものを見る」のが俳優の腕の見せどころ

でも、ここが舞台俳優の凄みです。

熟練した俳優は、実在しないものを本当に「見て」いるかのように、スムース・パシュートを発動できる。

「空に飛んでいる鳥」「遠くで燃えている炎」「目の前で消えていく人物」——舞台に実物はなくても、俳優の目がスムース・パシュートで何かを追い続けていると、観客にも**「あ、本当に何かがそこにある」と感じさせる**ことができます。

この技術が完成すると、演技に生まれる変化はこんな感じです。

  • 「この人、本当に何かを見てる……」→没入感・リアリティ
  • 「迷いがない、確信を持って動いている」→キャラクターの強い意志
  • 「深く何かを考えている」→内面の豊かさが滲み出る

さらに、視線が安定すると副交感神経が優位になり、全身が自然とリラックスします。「落ち着いた存在感」って、技術的に作れるんです。


5. 周辺視野:舞台全体を「支配」するアンサンブルの目

3つ目のポイントとして紹介されたのが、**「周辺視野の意識的な拡大」**です。

私たちの目は、くっきり見える「中心視野」と、ぼんやりと広範囲を認識する「周辺視野」を同時に使っています。

舞台の上で「一点だけを見つめる」と、共演者の動き、照明の変化、空間全体のバランスが見えなくなり、独りよがりな演技になってしまいます。

ここで重要なのが、「一点を凝視しながら、意識だけは空間全体に広げる」という二刀流の使い方。これがマスターできると、

  • 自分の演技に集中しながら、仲間の状況をリアルタイムで把握できる
  • 舞台全体のバランスを感知しながら、自分の役割を全うできる
  • 群衆シーンで「ひとつの生き物のような」統一感が生まれる

これ、スポーツで言えばゲームメイカーの「広い視野」と同じスキルです。チームで演技する俳優志望者には、ぜひ身につけてほしい技術です。


6. すぐ使える!実践トレーニング4選

ここからは、ワークショップで実際に行われたトレーニングを紹介します。どれも今日からできるものばかりです。

① ヘッドロック(頭は動かさず、目だけを動かす)

やり方: 頭と顔を正面に固定したまま、視線だけを素早く横や上下に向ける練習。

こんな演技に使える:

  • 周囲を盗み見する「警戒」の表現
  • 感情を顔に出さない「余裕のある強者」の表現

顔ごと向くのと、目だけで向くのでは、観客に与える印象がまったく違います。目だけが動くほうが、「お前のことなんか、目の端で十分だ」という圧倒的な余裕を感じさせます。

② ゲイズ・アンカー(視線は固定したまま、頭だけを動かす)

やり方: 相手の目や特定のオブジェクトに視線を固定し、体や頭だけを動かし続ける。

こんな演技に使える:

  • 対象への強烈な「執着」の表現
  • 理性を失いかけている「狂気」の表現

体がどれだけ動いても視線だけが外れない——これは観客に生理的な不気味さと、抗い難い強さを感じさせます。ホラーやスリラー系の作品には特に効果的。

③ 親指「残像追従」トレーニング(これが一番重要!)

スムース・パシュートを「存在しない対象に対して発動させる」ための基礎練習です。

手順はシンプル:

  1. 自分の親指を顔の前に立てる
  2. 爪の一点をじっと凝視する(スムース・パシュートが始まった感覚を作る)
  3. 顔は固定したまま、親指をゆっくり左右・上下に動かしながら、目だけで追い続ける
  4. 十分に追い続けたら、親指をゆっくり下ろす
  5. そのまま「親指がまだそこにある」と想像しながら、消えた軌跡を目だけでなぞり続ける

この最後のステップが肝です。「実在した記憶」を手がかりにすることで、スムース・パシュートが継続して発動します。これが舞台上で「何もない空間に実在感を生み出す」技術の土台になります。

④ 遠方視でリラックス(本番前にも使えるルーティン)

指導者のアドバイス:「客席の一番奥を見てください」

これには生理学的な理由があります。

  • 近くを見る→眼球が内側に寄り、筋肉が収縮→緊張しやすくなる
  • 遠くを見る→眼球が平行に近づき、筋肉が弛緩→リラックスしやすくなる

舞台に立ったとき、足元や小道具ばかり見ていると体が緊張していきます。客席の奥の一点を見つめるだけで、全身がスーッとほぐれる——これ、本番前のルーティンとしても使えます!


7. 稽古場で起きた「奇跡」:視線が逆転させた権力構造

ワークショップ後半は、実際の台本を使ったシーン稽古。今回扱われたのは『群衆と贖罪(仮)』という、荒廃した世界を舞台にしたシリアスな群像劇です。

稽古場で何が起きたのか

物語のクライマックスは、登場人物たちの力関係(ステータス)が激的に変わるシーン。

最初、男性陣が舞台を激しく動き回り、言葉を荒らげて場を支配しようとしていました。それまで静かだった女優は、ある瞬間を境に「覚醒」し、高笑いと冷徹な視線で男たちを見下ろします。

起きたことは単純でした。女優がまばたきをほぼゼロにして、一点を見据えたまま動かなかったのです。

男たちが叫べば叫ぶほど、女優の静けさと視線の安定が際立ちました。その結果、観ている全員が感じたのは——

「あ、この女性、圧倒的に強い」

セリフの量でも、動きの激しさでもなく、視線の「質」だけで権力構造が逆転した瞬間でした。

「叫べば叫ぶほど、弱く見える。静かに見据えれば見据えるほど、強く見える。」

これ、論理的に説明できます。激しく動く=サッカード的な動揺。静かに見据える=スムース・パシュートの確信。「動揺している人」より「確信を持っている人」の方が強く見えるのは当然なんです。


8. 演出家からのフィードバック:「密度」「ステータス」「間」の正体

稽古後のディスカッションでは、演出家から鋭いフィードバックが飛び出しました。

「密度が高くなった」

以前の稽古では、セリフを言っているだけ、動いているだけという「薄さ」がありました。でも視線を意識した今回は違った。

「目が泳がなくなったことで、思考が続いているように見える」と演出家。

目が安定すると、「この人、今何かを考えてここに立っている」という感覚が観客に伝わります。これが演技の「密度」の正体です。

「視線の質が、役の格(ステータス)を決める」

クライマックスの女優の視線について、こんな意見が出ました。

「物理的に高い場所に立つより、上から静かに見下ろす視線の方が、今回は圧倒的に強さを感じさせた」

物理的な高さ、声の大きさ、動きの激しさよりも、「視線の質」が役の格を決めるという発見は、全員に刺さっていました。

「沈黙が怖くなくなったか?」

演出家が全員に問いかけた言葉が印象的でした。

セリフのない「間」って、俳優にとって恐怖ですよね。何かしなきゃ、動かなきゃ、と焦る。でも視線が安定して、相手や空間に没入していると、沈黙は「何もない時間」ではなく**「濃密な思考が流れている時間」**に変わります。

観客はその「沈黙の密度」を感じ取り、次の言葉を固唾を呑んで待つようになります。

「目でサブテキストを語れる」

ある俳優が気づいたことが面白かったです。

口で強気なことを言いながら目が揺れていたら→「実は自信がない」というサブテキスト。 口で弱音を吐きながら一点を見据えていたら→「覚悟は決まっている」という意志。

セリフと視線が「一致」しているか「ズレ」ているかで、キャラクターの複雑な内面が表現できる——これは、演技の表現の幅を一気に広げる発見でした。


9. 「嘘をつかない目」を作る逆説的なアプローチ

目は「バレる」

人間は緊張すると、まばたきが増えます。嘘をつくと、視線が泳ぎます。セリフを忘れかけると、目が宙を彷徨います。これは生理的な反応なので、意識だけで抑えようとするのには限界があります。

観客はこれを無意識に読み取っています。「あ、今セリフ思い出そうとしてる」と一瞬でも感じさせてしまったら、その瞬間、物語への没入が壊れます。

「技術で脳を騙す」逆説的なアプローチ

今回のビジョントレーニングが面白いのは、その解決策が**「目をコントロールすることで、脳と感情を後からついてこさせる」**という逆転の発想にあること。

「確信を持った目(一点を見据える)」を意図的に作る →脳が「自分は今、確信を持っている」と解釈する →緊張が実際にほぐれる →感情がついてくる

技術から入って、感情を動かす。これはスタニスラフスキーのメソッドとは逆のアプローチですが、再現性が高く、本番ごとに安定したパフォーマンスを出したい俳優には特に強力な武器になります。


10. まとめ:今日から始められる「目の演技」トレーニング

長かったですね!最後に全部まとめます。

押さえておくべき3つの視線技術

技術一言で言うと今日からできる練習
サッカード抑制目を泳がせない「見るべき点」を常に持つ意識
スムース・パシュート存在しないものをリアルに見る親指「残像追従」トレーニング
周辺視野の拡大空間全体を感知しながら一点を見る鏡の前で中心を見ながら部屋全体を意識する練習

「目の演技」を磨くのに必要なのは、特別な才能じゃない

今回のワークショップで一番感じたのは、「目の演技」って才能じゃなくて、技術だということ。

仕組みを知って、練習すれば、誰でも上手くなれる。

「セリフを間違えない」「段取り通りに動く」という次元を超えて、「どこを見ているか、何を考えているか」を目だけで語れるようになった時、俳優としての表現は確実に一段階上に行きます。

今日から、鏡の前で自分の目を見てみてください。それが「目の演技」を磨く最初の一歩です。


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