稽古日誌

演技の質を変える「脚本分析」と「事実」の捉え方

「感情を込めて演じて」と言われたとき、あなたはどうしますか?

多くの俳優が直面するこの難題には、実は意外な答えがあります。それは**「感情を考えてはいけない」**というものです。

矛盾しているように聞こえるかもしれません。しかし、この原則こそが、舞台上で生きた演技を生み出す鍵なのです。今日は、俳優が確実で豊かな表現を手に入れるための「脚本分析」と「アクショニング」の技術について、稽古で学んだことをお伝えします。

なぜ「感情を演じる」と芝居が嘘くさくなるのか

「悲しいシーンだから、悲しく演じよう」

こう考えた瞬間、演技は表面的なものになります。なぜなら、感情とは結果だからです。私たちは日常生活で「さあ、今から悲しもう」とは思いません。何かが起きて、それに反応した結果として、悲しみが生まれるのです。

演技も同じです。大切なのは、この流れを理解することです。

事実(Fact)反応(Reaction)感情(Emotion)

  • 事実:脚本に書かれている、あるいは俳優が設定した客観的な出来事
  • 反応:事実を認識し、想像力や共感を通じて心が動くこと
  • 感情:反応の結果として自然に生まれるもの

つまり、俳優がすべきことは「感情をひねり出す」ことではなく、「何が起きたか(事実)」を明確に捉えることなのです。

「おはよう」一言で芝居が変わる——事実設定の威力

脚本には限られた情報しか書かれていません。だからこそ、俳優は**「書かれていない事実」を具体的に想像する力**が求められます。

例えば、朝の挨拶「おはよう」というセリフ一つとっても、その背景にどんな事実を設定するかで、芝居は劇的に変化します。

パターンA:日常レベルの事実

「昨日、居酒屋に行った」

パターンB:ドラマチックな事実

「昨日、居酒屋で婚約者の浮気現場を目撃した」

同じ「おはよう」でも、パターンBの事実を持っている俳優の目には、複雑な感情が宿るはずです。無理に悲しみを作らなくても、事実さえ明確なら、自然と表情や声のトーンに変化が現れます。

「進撃の巨人」から学ぶ事実のサイズ

稽古では「進撃の巨人」を例に挙げました。壁の中で平和に暮らしているだけの話(小さな事実)と、突然巨人が襲来する話(大きな事実)では、どちらが観客を惹きつけるでしょうか?

答えは明らかです。事実のサイズが大きいほど、ドラマは強度を増します。そして、この事実を具体的に、強度のあるものに設定することが、俳優の個性を引き出すのです。

プロとアマの決定的な違い——「再現性」という技術

素晴らしい演技ができた。感動的な瞬間が生まれた。

でも、それが一度きりでは意味がありません。プロの俳優に求められるのは**「再現性」**です。

そのために必要なのが、**「ビート分け」と「アクショニング」**という技術です。

ビート分けとは

セリフやシーンの区切りのこと。音楽でいえば、小節のようなものです。

アクショニングとは

そのビートで相手に対して**「何をするか」を動詞で定義する**ことです。

  • 脅す
  • 誘惑する
  • 許しを乞う
  • 励ます
  • 試す

感情ではなく、行動を設定するのです。

これらを記録しておけば、感情が乗らない日でも、演出から修正が入っても、確実に芝居を組み立て直すことができます。また、「ワンビート(一息のセリフ)」は何があっても言い切るというルールを守ることで、舞台上での力強さが生まれます。

「内から外」と「外から内」——俳優に必要な二つのアプローチ

俳優には、二つの方向性からのアプローチが必要です。

内から外

自分の内面(想像力・事実認識)から行動を作る方法。今回のテーマがこれです。

外から内

演出による段取りや、物理的な動きから心を作っていく方法。

例えば、演出上で動きが制限されているシーンでは「内から外」が不可欠になります。逆に、激しいアクションシーンでは「外から内」の方が効果的なこともあります。

優れた俳優は、これらを状況に応じて使い分けることができます。

経験したことがないことを演じる——想像力という武器

私たちは、自分が経験したことがないことも演じなければなりません。東日本大震災、戦争、大切な人の死。

そんなとき、頼りになるのは想像力と共感です。

映像を見る、体験談を聞く、類似の感情を思い出す。そうして、自分なりの「事実」を構築していくのです。

そして忘れてはいけないのは、この流れです。

事実 → 反応 → 感情 → アクショニング

この流れを意識し、具体的な事実を積み重ねることで、芝居は「説明的なもの」から「生きたやり取り」へと進化します。


たとえ話:料理に例えるなら

感情を演じようとすることは、素材がないのに「美味しい味」だけを皿に盛り付けようとするようなものです。

「事実」という新鮮な食材を用意し、それを**「想像力」という火にかけることで、初めて「感情」という美味しい湯気(結果)が立ち上る**のです。


まとめ:俳優の仕事は「感じる」ことではなく「認識する」こと

感情は追いかけるものではなく、事実の先に自然と現れるものです。

だからこそ、俳優は事実を見つめ、想像力を働かせ、そこから生まれる反応を信じることが大切なのです。

この原則を理解したとき、あなたの演技は確実に変わります。