稽古日誌

感情に頼るな。演技は「事実」と「行動」で作る

「もっと感情を込めて演じて」と言われても、どうすればいいのか分からない……。そんな悩みを抱える役者の方は多いのではないでしょうか。実は、優れた演技は感情を「込める」ことではなく、論理的なプロセスから自然に生まれるものなのです。

今回は、プロの現場でも活用されている「脚本分析」と「アクショニング」という技法について、具体的に解説していきます。

演技の基本姿勢:避けるべき3つのこと

まず、演技を具体的にするために意識すべき3つの原則があります。

1. 感情を考えない

感情は無理に「込める」ものではありません。適切なプロセスを踏めば、自然と内側から湧き上がってくるものです。

2. 形容詞を使わない

「悲しく」「激しく」といった抽象的な言葉は、演技を曖昧にしてしまいます。

3. 具体的に考える

事実に基づいた具体的な思考が、リアリティのある演技を生み出します。

演技を組み立てる4つのステップ

一貫性のある演技を作るには、以下の順序で考えることが重要です。

ステップ1:事実(ファクト)の確認

脚本に書かれている事実を丁寧に拾い上げます。さらに、脚本には書かれていない背景(前日に何があったか、登場人物の関係性など)も想像して整理します。

ステップ2:反応

確認した事実に対して、自分(役)はどう反応するかを決めます。ここで想像力と共感力が活きてきます。

ステップ3:感情の発生

事実に反応した結果として、自然に感情が生まれます。この感情は「作る」ものではなく「生まれる」ものです。

ステップ4:アクショニング

生まれた感情をもとに、相手に対して具体的に「何をするか」を動詞で決定します。

アクショニングとは?

アクショニングとは、一つひとつのセリフに対して「〜する」という具体的な動詞を割り当てる作業です。

実例:「やめて」というセリフの場合

同じ「やめて」でも、選ぶアクションによって全く異なる演技になります。

  • 恐怖を感じている → 「拒絶する」
  • 怒りを感じている → 「警告する」
  • 懇願している → 「哀願する」

よく使われるアクションの例

  • 宣言する
  • 絶叫する
  • 楽しませる
  • 黙らせる
  • 誘惑する
  • 説得する
  • 挑発する

選択する「事実」と「アクション」が変われば、観客に伝わる印象は劇的に変化します。

「1ビート・1センテンス・1アクション」の原則

演技をより明確にするための重要な法則があります。それは、1つの意味の区切り(ビート)に対して、1つのセリフ、1つのアクションを対応させることです。

セリフが重なったときの対処法

舞台では、相手とセリフが重なることもあります。しかし、日常生活でも会話が重なることは自然なこと。むしろ、遠慮して声を小さくしてしまうと、舞台のリアリティが失われてしまいます。

自分のアクションを最後まで言い切ることが、演技の力強さにつながります。

演技は「対立」で成り立つ

日本人は相手の空気を読み、無意識にトーンを合わせてしまう傾向があります。しかし、芝居の本質は「対立」にあります。

ドラマを生む対立構造

相手に流されず、自分の目的(アクション)を遂行し続けることで、初めてドラマが生まれます。相手のペースに飲まれそうになったら、より強力なアクション(絶叫する、黙らせる など)を戦略的に選択するのも有効な手法です。

氷山理論:サブテキストの重要性

文学における「氷山理論」によれば、水面上に見えているのは全体のわずか10%に過ぎません。演技も同じです。

  • テキスト(表面のセリフ):10%
  • サブテキスト(背後にある意図や事実):90%

観客は言葉そのものを聞きに来るのではなく、その背後にある90%を感じ取りに来ています。事実に裏打ちされたアクションを積み重ねることで、深みのある演技が生まれるのです。

まとめ:演技は建築に似ている

演技のプロセスを建築に例えると、分かりやすくなります。

  • 事実 = 土台(しっかりした基礎を築く)
  • 反応 = 設計図(どう組み立てるか計画する)
  • アクショニング = 建築作業(具体的に形にしていく)
  • 感情 = 完成した建物(結果として立ち上がる)

堅固な土台の上に、緻密な設計と確かな施工があって初めて、人を魅了する建築が完成するように、確かな事実と適切なアクションから、説得力のある演技が生まれるのです。


抽象的な「感情」に頼るのではなく、具体的な「事実」と「アクション」を積み重ねる。このシンプルな原則が、あなたの演技を次のレベルへと引き上げてくれるはずです。