「演技が上手くなりたい」と思ったとき、多くの人が最初に困るのは、何をすればいいのか分からないことだと思います。
歌なら音程、楽器なら運指のように、練習の対象がはっきりしている分野と違って、演技は「何を練習するのか」自体が見えにくい。
私たちは「 演劇は才能じゃない 」を合言葉にしています。才能ということにしてしまうと、できない人は諦めるしかなくなるからです。技術であれば、順番に覚えられます。
この記事では、実際に稽古場でやっている順番を、そのまま書きます。
1. 体の順番を直す
最初に直すのは、台詞を言ってから動くという癖です。
日常では逆になっています。「あれ取って」と言われたとき、返事より先に手が伸びている。判断は言語化される前に体に届いているからです。
ところが台本を持つと、言葉が先に浮かぶので、その順番で出てしまう。舞台の上でこれをやると、見ている側は理屈抜きで不自然さを感じます。
直し方は単純で、台詞を言わずに動きだけを最後まで通します。体が段取りを覚えてから言葉を乗せる。順番を逆にして固めてしまうと、後から直すのは大変です。だから最初にやります。
2. 相手をどうしたいかを、動詞で決める
次に決めるのは、その台詞で相手をどうしたいのかです。
ここで「悲しい気持ちで」のように感情で決めると、再現できません。感情は自分の内側の状態で、狙って出すものではないからです。
代わりに、相手に対する動詞で決めます。
・黙らせる
・引き止める
・安心させる
・試す
・追い返す
動詞で決めると、体が勝手に動きます。感情は結果としてついてくる。順番が逆だと、感情を作ろうとして手が止まります。
3. 台詞の裏を分解する
演劇にはサブテキストという言葉があります。口に出される言葉の下に流れている、本当の意図のことです。
「大丈夫」という台詞は、本当に平気なときも限界のときも、まったく同じ三文字で出ます。同じ音なのに意味が正反対になる。この差を決めているのがサブテキストです。
私たちはこれを、マインドマップで 240個から500個以上に分解します。多いようですが、実際にやると足りないくらいです。
一つの台詞に対して、掘れる階層がいくつもあるからです。
1. この台詞で相手をどうしたいのか
2. なぜそうしたいのか
3. その背景にどんな過去があるのか
4. 言わなかった選択肢は何か
5. 直前に何を考えていたか
決めていない部分は、本番で必ずぐらつきます。台詞は覚えているので言えますが、言い方が毎回変わる。あるいは何も考えずに一定になる。どちらも客席には伝わります。
4. 感覚を一つに絞る
ここから先は、身体と感覚の訓練です。
稽古では、同じ場面を何度も繰り返します。ただし毎回、使う感覚器官を変えます。
・視覚を中心に置いてやる
・聴覚を中心に置いてやる
・触覚を中心に置いてやる
台詞も動きも変えません。どこに注意を置くかだけを変える。すると同じ場面がまったく別のものになります。
なぜ効くのか。人は普段、五感を混ぜて使っているからです。混ざったものは、強くできない。一つに絞ると、そこの解像度だけが上がります。
「もっとよく感じて」と言われても変わらないのは、どこを感じればいいのか分からないからです。
5. 体をゆるめる
声が出ない、抑揚がつかないという課題に対して、喉と口だけを扱うのは範囲が狭すぎます。
肩甲骨が固まっていると、周辺の筋肉が呼吸を制限します。呼吸が浅くなれば、声を支える息が減る。息が足りない声は途中で失速し、抑揚をつける余裕がなくなります。
つまり、抑揚がつかない原因が背中にあることがある。
私たちは発声練習の前に、肩甲骨を浮かせる動き(立甲)を入れています。大事なのは、動かして終わりにせず、その感覚を保ったまま声を出すところまでを一続きにすることです。
6. 見る力と、言葉にする力を鍛える
自分の演技だけを見ていても、伸びは頭打ちになります。
稽古では、出ていない場面を見て指摘を伝える時間を必ず取ります。ここで多くの人が「良かったです」で止まります。遠慮しているのではなく、そもそも見えていないからです。見えていないものは言語化できません。
鍛え方は、観点を先に決めてから見ることです。
・今日は「視線」だけを見る
・今日は「間の長さ」だけを見る
・今日は「相手の言葉を受けた瞬間」だけを見る
全部を見ようとすると何も見えないので、一つに絞ります。そして見たことを行動の言葉で書く。「優しかった」ではなく「相手の手を見てから話し始めた」。
人に指摘できる人は、自分の演技も速く変わります。見る力と言語化する力は、他人にも自分にも同じように使えるからです。
7. 本番用の注意の向け方を覚える
最後に、本番で崩れない方法です。
練習でできたことが本番でできないのは、精神力の問題ではありません。再投資理論と呼ばれる現象です。普段は無意識でできている動作を意識的に制御しようとすると、かえって崩れる。階段を「右足、次に左足」と考えながら降りるとぎこちなくなるのと同じです。
皮肉なことに、練習を積んだ人ほど起きやすい。うまくやりたい気持ちが強いほど、自分を監視するからです。
対処は、注意の向き先を外に変えることです。
1. 「うまくやろう」と考えるのをやめる
2. 自分の心拍・声・手の震えから注意を外す
3. 相手の目を見る
4. 相手をどうしたいかを一つだけ決める
5. その行動だけをやる
本番に強い人も緊張しています。違うのは注意の向き先だけです。メンタルの強さではなく、技術の話です。
上達に必要なのは、時間の density
ここまで7つ挙げましたが、どれも一度やって身につくものではありません。
私たちは年間およそ 1050時間の稽古時間を基準にしています。毎日19時から22時、週7日で計算した数字です。
なぜ時間を基準にするのか。技術は反復でしか定着しないからです。週1回と毎日では、同じ「継続」でも別物になります。間隔が空くと毎回「前回の感覚を思い出す」ところから始まり、実質的に前へ進みません。毎日やると、昨日の続きから始められる。
この差が、半年後に大きくなります。
感性の先には、知識がある
もう一つ、忘れられがちな要素があります。
感性で行けるところまでは、比較的早く到達します。問題はその先で、そこから上に行くには調べるしかありません。
登場人物が川に飛び込む場面なら、その川の水温、流れの速さ、底の状態、その地域の人が川をどう見ているか。これらを知らずに演じると「飛び込む演技」にしかならない。その人がその川に飛び込むという具体性が出ません。
情報がないとき、人は一般化します。悲しい場面だから悲しそうにする。どの作品でも通用する演技になる。通用するということは、どこにも刺さらないということです。
止まって調べる時間も、稽古のうちです。
劇団天文座は大阪・新大阪の稽古場で、毎日19時から22時まで稽古しています。10代から50代まで、未経験から始めた団員が大半です。稽古の見学はいつでも歓迎しています。
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