2026年7月9日、午後7時。稽古場に、16歳の新人がひとり立っていた。
劇団天文座では、ここ最近あまり新しい仲間を迎えていなかった。「とりあえず入って、楽しくやれたらいい」ではなく、”作品を観て、ここでやりたいと思って来てくれる人” と芝居がしたい——そんな欲が出てきたからだ。だからこそ、緊張ぎみの彼を囲む先輩たちの空気は、やわらかくて、少しうれしそうだった。
この日の稽古を、少しだけのぞいてみてほしい。天文座がどんな場所なのか、たぶん、この一日がいちばん正直に語ってくれるから。
「動いてから、話す」
最初はしりとりの文章版のような即興劇でウォームアップ。二人一組、相手のセリフの最後の文字から次を始めていく。笑いがこぼれ、こわばった肩がほどけていく。
ところが演技の話になると、稽古場は一転してロジカルになる。
「下手な人は、セリフを言ってから動くんです。でも日常生活はそうじゃない。『あれ取って』と言われたら、先に体のほうが動くでしょう」
演出の言葉は、精神論ではなく、脳と体の仕組みの話だ。人は慣れるほど、いい意味でも悪い意味でも、この感覚を忘れていく。だからこそ最初の一歩で「動いてから話す」を体に刻んでおく。一生ものの土台を、初日から手渡していく。
芝居を続けて15年。そのうち10年は「どうやったら俳優が伸びるのか」を、論文を読み、現場で試しながら組み立ててきた。演劇の大学でも聞かないような話が、この稽古場では当たり前のように飛び交う。
英語という、武器
この日いちばん面白かったのは、英語が話せる俳優が見つけた”発明”だった。
自分のセリフを、いったん頭のなかで英語に翻訳してから日本語で出す。ただそれだけで、抑揚が生まれ、感情の温度が変わり、同じ言葉がまるで別の意味を帯びはじめる。「彼女はいない」という一言も、英語を通せば「もう亡くなってしまった」という遠回しの響きに変わっていく。言語ごとに、感情の引き出しが別にある——そんな発見だった。
演出はいつも言う。「ありとあらゆる武器を使わないと、勝てない」。ある人にとっては声、ある人にとっては体の軸、ある人にとっては16年生きてきた時間そのもの。天文座の指導は、俳優を型にはめない。その人がもともと握っている”武器”を探し当て、「なんでそれを使わないの?」と背中を押す。
自分を知ることが、いちばんの近道になる。
数字になる、分析の深さ
天文座の俳優は、脚本の分析をマインドマップに書き出していく。その量は240、300、400、500……と、数字になって積み上がっていく。
けれど、大切なのは量だけではない。「サブテキストを、みんな履き違えている」と演出は言う。悲しいときに嘘をついて笑うことが、サブテキストなのではない。たった一言の裏に、言いたいこと・思っていること・こらえていることが、どれほど渦巻いているか。星の数ほどの情報が、その一言に畳み込まれている——それを掘り当てていく作業なのだ。
「リアリズムは、リアルじゃない」。ここがミソだと、演出は笑う。深く潜った芝居ほど、静かで、重い。この日も、稽古場の空気が本当に重くなった瞬間があった。それは、俳優が役の奥まで届いていた、いちばん確かな証拠だった。
演劇と、子どもの未来と
天文座が少し変わっているのは、稽古の途中で突然「ビジョントレーニング」の話が始まったりするところだ。
ペン先を目で追ってもらい、左右のバランスを見る。まばたきの多さ、まぶしさへの敏感さ、近くと遠くでピントを切り替えるのにかかる時間。演出はこうした目の使い方を、子どもの発達支援の現場でプロとして日々見てきた人でもある。
「世界は、もっと綺麗だよ」
そう言って、16歳の新人にトレーニングのやり方をそっと手渡す。芝居の話が、いつのまにか「人生がちょっと楽しくなる」話につながっていく。舞台の上のことも、舞台を降りたあとのことも、地続きで考えている。天文座には、そういう温度がある。
道具は使う。でも、言葉だけは自分で
稽古場では、自作のアプリが活躍する。脚本分析のマインドマップ、過去公演の台本が読める「座学」メニュー、稽古を丸ごと残すバックアップ機能。文字起こしをしてくれる録音デバイスも回っている。新しい仲間にも、その場でアプリを入れてもらう。
「アプリを作るのはAIをガンガン使う。でも脚本を書くときは、絶対に使わない。自分の言葉で書きたいから」
便利なものは徹底的に使う。けれど、いちばん大切なところだけは手放さない。この線引きが、天文座らしい。
一人じゃ、無理だから
夜10時、稽古の締めに、演出はこう言った。
「一人だけちゃんと仕事をしていても、お芝居は一人じゃ絶対に無理。みんなでやらないと、無理なんです」
初日を終えた16歳は「楽しかった」と笑い、先輩たちは「初稽古とは思えない」「負けてられない」と、うれしそうにざわめいていた。誰かがいい風を吹かせれば、それが隣へ、また隣へと伝わっていく。この日がいい日だったのは、みんながそういう向き合い方をしていたからだ。
昭和みたいだと自分たちで笑う、あたたかくて、少しやかましい稽古場。けれどその中身は、驚くほど理詰めで、驚くほど誰かの成長を願っている。
星を数えるように言葉を積み、その一言の裏にある宇宙を、みんなで覗き込む。
——それが、劇団天文座です。
公演のお知らせ|劇団天文座 第43回公演「雀色時、辻の向こうへ」
フライヤー・キャスト・チケット情報、全公開となりました。
“雀色時(すずめいろどき)”——空が茜から藍へと沈んでいく、あの夕暮れのひととき。辻(つじ)の向こうへ足を踏み出すとき、人は何を思うのか。この記事で触れた”一言の裏にある宇宙”を、ぜひ劇場で受け取ってください。
- 公演名:劇団天文座 第43回公演「雀色時、辻の向こうへ」
- 作・演出:森本聡生
- 日程:2026年8月14日(金) 17:30開演(15分前開場)
- 会場:兵庫県立尼崎青少年創造劇場 ピッコロシアター 中ホール(兵庫県尼崎市南塚口町3-17-8/阪急神戸線・JR宝塚線「塚口」駅より徒歩)
- 料金:2,000円
出演(役名:出演者)
水原樹:中原瑠偉/水原鈴芽:澤面花宝/水原美空:あさな/松川庄司:佐藤大悟/立石浩史:岡本明久/桐畑直人:前田和彦/沖淳太:古谷陸/渡辺寛大:佐野智康/伊崎千尋:高村悠一/襟川芹香:川村郁実/島岡纏:久保佳寿実/木本友梨奈:上原怜奈
スタッフ
音響:狩野彩花・上田あかり/照明:はるな・山田高廣/制作:大橋唯子
ご予約・お問い合わせ
▶ チケット予約はこちら:https://trkr.jp/ticket?p=tenmonza43
- 公式LINE:http://line.me/R/ti/p/@303duzwj
- Mail:tenmonza@gmail.com
最新情報・稽古見学について
公演の最新情報や日々の稽古は、公式サイト・SNSで随時発信しています。稽古見学もいつでも歓迎です。
- 公式サイト:https://tenmonza.jp/
- Instagram:https://www.instagram.com/g.tenmonza/
劇場で、そしてこの稽古場で、あなたにお会いできるのを楽しみにしています。
